▶略歴
- 1974年
- 浅野家の長男としてアパルトヘイト全盛期の南アフリカ共和国・ヨハネスブルグに生まれる
- 1992年
- 私立山手学院高等学校卒業。オーストラリアに渡豪
- ニュージーランドで初のラフティング体験。グレード5の激流で転覆、500メートル以上流される衝撃的な 体験をしてラフティングの虜になる
- 1993年
- オーストラリアでラフティングのプロ・ガイドコースに挑戦し合格する。リバーガイド(インストラクター)として世界最大級のラフティング会社Raging Thunder Adventuresに5年間勤務。以降世界17カ国40以上の激流をラフティングで下る
- 1995年
- ジンバブエ・ビクトリアの滝直下<世界最高の激流>ザンベジ川でラフティングガイドをする。その時に開催されたラフティング世界大会を観戦し、いつの日か日本代表チームを結成し世界大会に出場する事を決意する
- 1996年
- Raging Thunder Adventuresニュージーランド支社に日本人代表として派遣される
- 1997年
- 5年間のオーストラリア生活に区切りをつけ帰国。ラフティングガイド及び水難救助Rescue3インストラクターとして日本のラフティング創成期を担う
- 1999年
- 日本初のラフティング世界大会代表チームを結成し、南アフリカ・オレンジ川大会に出場する
- 2000年
- 世界大会で優勝するために練習に専念できるプロチームを結成する事を決意し、スポンサー活動を開始する
- 2002年
- 日本初のプロ・ラフティングチームとしてテイケイ株式会社ラフティング競技部<ラフティングチーム・テイケイ>を結成し、同チーム監督兼任選手に就任
- 2003年
- リーダーシップを発揮できずにチームが分裂。しかし再度のチャンスをもらい新メンバーで再出発する。以降指導者としての道を探求し、リーダーシップ、メンタルマネジメント、チームビルディング、日本人の強みを徹底的に研究し独自の成功理論を作り上げる
- 2004年
- 日本のラフティングレベル底上げのために愛好者向け講習会や競技会(ジャパンカップ)を定期的に開催する
- 2006年
- レオパレス夢応援コンテストで世界大会開催の夢をプレゼンし、3万人の中からゴールドドリーム賞を獲得する
- 2007年
- 韓国でのラフティング世界大会でアジア初の3位入賞を果たす
- 世界ラフティング協会(IRF)役員に選ばれる
- 2009年
- ボスニアヘルツェゴビナでの世界大会で準優勝を果たす
- 2010年
- オランダでの世界大会で総合優勝。長年の夢であった世界一を達成する
- これまでの経験を活かし講演、講習、自然体験講習活動を通じて「和」のチームワーク理論や「和」のチームワーク理論や、これからの人類が向かうべき生き方の提案をメッセージとして伝えはじめる
- 2011年
- 初の著書「どん底から世界一(エベイユ)」を出版する
- コスタリカで開催された世界大会で総合優勝・世界2連覇を成し遂げる













